自由きままに芸術鑑賞

自由気ままに芸術鑑賞

~舞台人による、舞台人のための鑑賞記録~

『ボレロ』-モーリス・ベジャール

モーリス・ベジャールという人物と初めて出会ったのは、バレエを習っていた友達が貸してくれたドキュメタリーDVDだった。

モーリス・ベジャール。 耳に心地良いその名の響きと、強面にも見える顔に鋭くも優しく輝く目。それが振付師モーリス・ベジャールの第一印象だった。

 

いわゆる「王子」というよりは「王」、がっしりとした体つきで、俳優を思わせる表情の豊かさ。彼のオーラは非常に強く、深いしわに長い歴史を感じた。

そんな彼が振り付ける作品はどれも情熱的で、重力を感じるものが多い。クラシックバレエはいかに美しく地から離れ、羽のように着地するか…つまり、「いかに重力を感じさせない動きをするか」を重視したダンスであるが、そういった文化の中で「重力」を作品に取り入れるというのはとても稀なことだっただろう。

そんな中で、地に根差し、重力に逆らわないダンスの最たる作品が、ベジャール振付の『ボレロ』であると言ってもいい。

モーリス・ラヴェルが作曲した、かの有名なバレエ音楽ボレロ』。この音楽程、同じフレーズが繰り返される曲があっただろうか。特にバレエ音楽の中ではこれ以外にないと言えるかもしれない。

繰り返しは時に単調になりかねないが、ラヴェルは技術とセンスによって、「繰り返し」を「興奮」や「感動」に導いた偉大な作曲家である。

そんな音楽をベジャールは振りつけてしまったのだ。ベジャールの『ボレロ』は一度観たら忘れられない程強烈で、開いた口が塞がらない絶句レベルの仕上がりだ。動きはシンプルなのに表現が豊か、振付的にも非常に厚みを感じる奥の深い作品になっている。

オーボエから始まるメロディーが聴こえると、照明がダンサーのしなやかな手を浮き彫りにさせ、手から腕、腕から肩へと徐々に全貌を明らかにしていく。照明が全身を捉えたところで目に映るのは、中央に立つダンサーが上半身裸ではないかと思うほど、シンプルな衣装であるということだ。

上は白、下は黒という出で立ちで、人間の肉体の美しさを映し出す様は、まるでしなやかに動く彫刻を観ている様だ。 ダンサーを捉えた後に照明が照らすはシンプルな舞台セット。中央に真っ赤な円形の高台を設け、それを囲むように椅子が並べられているが、この高台の中央で踊るのが「メロディ」と呼ばれるメインダンサーである。この設定のシンプルさが必要以上に観客の想像を掻き立せてしまうところがベジャールの凄みだ。

先に「厚みを感じる」と記したが、それは「楽器の層が増え音楽の厚みが増していく」のが『ボレロ』の特徴だからだ。厚みが増すことで、鳥のさえずりの様に始まる音楽から、最終的にジャングル全体の声を集めた様な激しい音楽になる。

メロディーは激しさを表現する一方で、背景で刻まれるリズムは極めて一定。この両極が絶妙に絡み合っているからこそ、『ボレロ』は素晴らしい音楽構成と言えるのだ。

こういった構成を前提に、振付をする上リズムにもしっかりと目を向けているのが、モーリス・ベジャールの尊敬すべき点である。

中央で踊る「メロディ」の周りに「リズム」というダンサーを配置させているところは、彼がダンスとしての音楽ではなく、音楽を音楽として捉えたからではないだろうか。

「リズム」は「メロディ」に呼応する様に踊り、1フレーズ毎に楽器が増えていくようにダンサーも増えていく。これが音楽のダイナミックさを具現化させ、バレエとしての『ボレロ』を完成型へと導いたと言えよう。

このバレエ作品は、まるで楽譜に書かれた音一つ一つが、目に見えるような作品で、耳でも目でも「聴くことが出来る音楽」と言える。例えこの曲を知らず、耳が聞こえずとも、この作品を観れば脳内でこの音楽が流れるではないかという程、音の世界観を忠実に身体エ表現した作品なのだ。

モーリス・ベジャールが許した人間でなければ踊れないこの演目は、無論、有数のバレエ・ダンサーしか踊れない。

私はその中で「上野水香」公演が一番好きだ。男性の『ボレロ』は力強くて肉体的、女性のはエロティックで魅惑的。そう感じられる中でも特に上野水香ボレロは、目つきが鋭く、リズムたちを従え蔑んでいるかのように踊る。

メロディが女性でリズムが男性だからこその、女王めいた空気感を感じずにはいられなかった。上野の持つ独特の魔性が光る踊り方だ。流石、『ボレロ』を踊るために東京バレエ団への移籍を決意しただけある。

モーリス・ラヴェルが作曲し、モーリス・ベジャールが振り付けたこの作品。二人のモーリスが時代を越えて出会い創り上げた作品を、私は心から敬愛して止まないのだ。

自分がそれまで触れてきたバレエとは全く違う世界がそこにあった。それ以来、ベジャール作品の素晴らしさを認識するようになりました。 ―上野水香/バレリーナ(『上野水香 バレリーナ・スピリット(ダンスマガジン編)』より)
(2004~2009年のなかで嬉しかったことについて聞かれ) やはり『ボレロ』を踊っていいという許可を頂いたことですね。ベジャールさんに実際にお目にかかって教わることができたことは、本当に特別な経験でした。―上野水香/バレリーナ(『上野水香 バレリーナ・スピリット(ダンスマガジン編)』より)
言うまでもなく、ベジャールさんの『ボレロ』は、ラヴェルのこの音楽を使った舞踊表現としてこれ以上ない完璧な作品です。音楽が自分の身体を突き抜けていき、私自身が音楽そのものになってしまったような感覚にとらわれます。 ―上野水香/バレリーナ(『上野水香 バレリーナ・スピリット(ダンスマガジン編)』より)
この『ボレロ』ほど、踊るときの自分自身が、ストレートに舞台に現れてしまう作品はありません。だから、踊るたびに違う『ボレロ』になる。これからも踊るたびに私自身の変化が如実に示されていくだろうと思います。 ―上野水香/バレリーナ(『上野水香 バレリーナ・スピリット(ダンスマガジン編)』より)

 

上野水香と『ボレロ

上野水香が最初に踊ったベジャール作品。東京バレエ団に憧れるきっかけとなった作品でもある。 入団後すぐに覚えるように言われ、海外ツアー中、ドイツのヴォルフスブルグで踊る。

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