自由きままに芸術鑑賞

自由気ままに芸術鑑賞

~舞台人による、舞台人のための鑑賞記録~

『春の祭典』-ピナ・バウシュ

ストラヴィンスキーの『春の祭典』にひと聴き惚れをしたのは私が学生の頃。

こんなバレエ音楽がクラシックにあっていいのかと困惑しながらも打ちのめされ、ストラヴィンスキーの世界にのめり込んだ。

初演時はニジンスキーが、現代ではモーリス・ベジャールが振り付けた作品。そのいずれの振付もある程度は知っていたのに、ピナの『春の祭典』だけは全く知らなかった。

 

もちろん、ピナの存在も知らなかったので、授業でピナ・バウシュの『春の祭典』が紹介されると聞いた時も、「面白い名前の人だな」くらいにしか思わず、音楽を聴きたい欲望の方が勝っていた。

このバレエ音楽に振付をするくらいだから、ただものではないだろうと思ってはいたものの、そこまで興味を示していなかったのが正直なところだった。

先入観は簡単に裏切られた。

映像が始まってすぐに、自分が教室にいたことも息をしていたことも忘れ、自分が舞台に立っている様な錯覚に陥った。ダンサーの荒い息遣いを耳元に感じ、声なき叫びを聞き、狂気と無をこの目で見た。そしてとても怖くなった。 これがピナの『春の祭典』だった。

そして、到底言葉で説明などし得ないこの作品に、私は恐れおののきながらも一瞬にして虜になってしまったのだ。神に生贄を捧げる祭りをバレエ音楽にしたのが、ストラヴィンスキーの『春の祭典』だが、彼女の振付こそ、内容に沿った振付だと思っている。

それは、振付が音楽に合っているとか、演出がおぞましいといった薄っぺらい理由からではない。まるで本物の儀式を目の当たりにしている様な生々しい体験をしてしまうからだ。

何故そんなにリアルなのか…それは、生贄役が決まっていないということに尽きるだろう。この作品の中で最も特徴的なのは、生贄としてどのダンサーが選ばれるのかが、そのシーンになるまで分からないということだ。つまり、誰でも生贄として選ばれる可能性がある。

なんと斬新で、ダンサー殺し、そして世界観を忠実に表現した演出だろう。これほど、固唾を呑んで観賞するバレエなど、他にあるだろうか。

生贄の選定は、生贄を意味する赤いドレスを「本日の生贄」が手渡されることによって決まる。この光景を観る緊張感といったら尋常ではない。

ダンサーも観客も、身体は硬直しているのに目だけはせわしなくドレスの行方を追う。行く末の見えない不穏で緊迫した空気は、かつて本当に行われていたであろう儀式そのものだ。ピナはバレエという手段と演出という技術をもって、この儀式を現代で再現していると言っても過言ではない。

いざ赤のドレスが「本日の生贄」に手渡されると、張り詰めていたものが一気に崩れ落ちる。忌まわしい赤のドレスを拒み、泣き、わめき、嘆くが、強制的に渡されるドレスを受け入れぬなど許されない。ただ神の定めと運命を受け入れ茫然としながらも、肩で荒い呼吸をしながら赤のドレスを身に付け始める。死に向かう覚悟を身体全体で見てとれる、特に印象深いシーンだ。

そして何の心の準備もなく、狂った音楽と共にソロが始まる。

生贄のソロは凄まじい。目を覆いたくなるようなむごたらしい振付、息絶え絶えに踊り狂うその様は、「死へ向かう生」とでも言うのだろうか。土が敷き詰められた薄暗い舞台上で、一際目立つ赤いドレスは踊るごとに土を受け、汗にまみれてどろどろになっていく。踊るごとに耳を刺す短い呼吸も、魂が殺がれていく様も、生贄以外の人間は全て見届けることしかできない。見殺しとはまさにこのことだ。

ピナは衝動の表現が天才的に、うまい。私はこの作品を観てそう直感した。ストラヴィンスキーが紡ぎだした音楽を、ピナはその天才的な技術によって世に提示している。

それは「衝動的な行為」とか「衝動的な表現」ではない。感情と感情の中に生まれる「衝動」そのものをいかに捉え、抑え込み、身体を通じて操ることが出来るか。

これを可能にするのがピナを超人にさせる所以なのだ。踊りというものが、これほどまでに内面をさらけ出せるものだと本気で思えたのは、この時が初めてだった。

怖く、美しく、恐ろしく、悲しい1作である。

すごくキレイだけど、すごくエグイ、まずはそう感じました。 ―YOU/タレント(パンフレット『pina』より)

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音楽構成

春の祭典
作曲/イーゴリ・ストラヴィンスキー
≪第1部:大地礼讚≫
序奏
春の兆し
誘惑
春の踊り
対立部族の戯れ
長老たちの行列
大地への口づけ
大地の踊り

≪第2部:生贄≫
序奏
乙女たちの神秘的な踊り
生贄の讚美
祖先への呼びかけ
祖先への儀式
生贄の踊り

春の祭典』を扱っている映画紹介

『pina ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち』
原題/PINA
上映時間/104分
公開日/2012年 日本公開作品
字幕翻訳/吉川美奈子
賞/第84回アカデミー賞 長編ドキュメンタリー映画賞ノミネート

キャスト

ピナ・バウシュ
ヴッパタール舞踊団のダンサーたち

スタッフ

監督・脚本・製作/ヴィム・ヴェンダース
振付/ピナ・バウシュ
プロデューサー/ジャン=ピエロ・リンゲル
アート・ディレクター/ペーター・パプスト
芸術コンサルタント/ドミニク・メルシー、ロベルト・シュトゥルム
衣装/マリオン・スィートー
舞台・衣装デザイナー/ロルフ・ボルツィク
ステレオグラファー/アラン・デローブ
撮影/エレーヌ・ルヴァール
3Dスーパーバイザー/フランソワ・ガルニエ
3Dプロデューサー/エルウィン・M・シュミット
編集/トニ・フロッシュハマー
音楽/トム・ハンレイシュ、三宅純 他

パンフレット

2012年2月25日発行
発行承認/ギャガ株式会社
編集・発行/松竹株式会社 事業部
編集/奥野多絵(松竹)
テキスト協力/山元明
デザイン/大島依提亜
印刷/アベイズム株式会社
定価/1,600円(税込)

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